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Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

ネット通販に思う


往時の日本は、工業製品を輸出して、農産物や海産物・食料品等を輸入しても十二分のお釣りが出た。だが、その工業製品まで輸入を始めた私達は、どうやって、食料を手に入れるつもりでいるのだろう?
そもそも、食料生産を、食べられない工業生産に切り替えることがなぜ?「(産業)革命」と呼ばれたのか?その設問が、今まさに「産業革命をやり切って、衰退局面を迎えている」私達に突きつけられている。産業構造をこれほど極端に変化させた国は、他に例を見ない。これほど食料自給率を危険水位まで低下させた国は世界広しと言えども、日本だけだ。こうした歪な政策を一貫して推し進めてきたのが、「自民党(政治)」だ。

だが、これほど「愚かな経済政策」に固執し続けても、自民党も安倍政権も「NO!」を突きつけられることがない。経済オンチの日本国民は、「これでも、まだまし」と思い込んでいる。ここに至っても、「日本は豊かな国」だと思っている。否!「そう思い込んだままでいたい」という一心で、「アベノミクス」にすがりついている。だから、アベノミクスが「税金の無駄遣い」による「自殺行為」以外の何物でもないということが、人々には「見えない!」。「生産力を回復させる」という発想と実践抜きには、この国の急速な「老齢化」と「回復不能な衰弱」を止めることはできない!
「自民党政治」は、グローバリズムの本質を理解していない。最早、日本はグローバリズムのメインプレーヤーではない。マイナスや低成長しかできない国は、グローバル経済にとって「お荷物」に等しい。それが「資本主義」を生み、今でもメインプレーヤーであり続ける国々の厳然たる価値基準であることを理解できないからこそ、自民党政治は「内需の拡大や食料自給率の確保」を疎かにしてきたのだ。

(つづく)


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そのため、日本へ流れ込んでいた「マネー」は、新たな「世界の工場」へ注ぎ込まれることとなった。その流れは「変えようがない!」成長が鈍化した国に投資をしても、「見返りは少ない」。有り余る「マネー」を自在に操れる欧米列強にとっては、その「マネー」を出し入れするだけで、「ノーリスクハイリターン」が得られる。人口が多く、経済規模は大きくない、そして、「マネー」を渇望している国なら、アジアにいくらでも転がっている。その中から、一番の有望株を選び、順次「世界の工場」という役割を担わせて行く。それがグローバル資本主義の、したたかな世界戦略であることは言うまでもない。

中国や東南アジアで工業化が進み、日本はその工業製品を輸入している。日本人ですら、それらの工業製品を買い求めるようになっているのだから、その分日本の作る工業製品は売れなくなるのは当然だ。こうした現実は、世界中の先進国でも起こっているが、日本ほど徹底して、第一次産業の就労者を切り捨て、第二次・第三次産業への転換を強力に推進させた国はない。だから、第二次・第三次産業における余剰人口はこれ以上ない程に溢れ上がっている。この余剰人員に支払う給料の原資は「一体何処にある」と言うのだ?また、景気の良い時に導入した定年制のお蔭で、まだまだ働ける人たちまで不労人口に組み込み、収入を絶ってしまっている。

そうした、ちぐはぐで一貫性のない経済失政の「つけ」を、今、政府は国民に押し付けようとしている。

(つづく)


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だが、その「産業革命」が200有余年を経ても、なお終わりなく続いていることに、私達は「留意」しなければならない。この産業革命は、欧米が推進するグローバル経済の進捗に合わせるように、「世界の工場(国)を転々と替えながら、今後も化石燃料という動力源が枯渇するまで続く」ことだろう。欧米列強から日本を含む主要先進国を席巻した産業革命は、今、中国の社会構造を大きく変化させつつ、その中心をアジア全体へと広げている。

ここで、もう一つ留意して置かなければならないことを、記しておきたい。それは、嘗て日本が「世界の工場」であった時に仕掛けた「(太平洋)戦争」のことだ。「世界の工場」には、「冨」が集まる。今の中国のように、建前上、資本主義とは一線を画する国へも、「マネー」が大量に流れ込む。その「マネー」を元に「世界の工場」は軍備の増強に乗り出す。「世界の工場」という地位を確保増強するためだ。それは、いつの時代でも既存の国際秩序とするどく対決することとなる。
そのために、嘗て「世界の工場」だった日本は無謀な戦争へと突き進んだ。また敗戦後の日本が再び「世界の工場」へ上り詰めた時には、別な結末が待ち受けていた。産業革命は、資本主義を生んだ。資本主義とは「マネー(冨)がより多くのマネー(冨)を生み出す世界」だが、その推進役(=世界の工場)が生み出す「成長」が欠かせない。欧米列強における資本主義は、「世界の工場」が引っ張る「成長力」を自らの糧としているからだ。だが、日本の高度成長は、日本自らが豊かになることで「鈍化」を余儀なくされた。高い成長率が見込めるのは、元々の経済規模が小さい国に限られるからだ。その日本が、中途で「内需の拡大」という選択肢を取れれば、安定的な成長を維持することも、欧米列強の仲間入りすることもできたのかもしれない。だが、「外需」一辺倒の日本は、「高度成長」に拘り、自らの「成長の伸びしろ」を食い尽くす道へと突き進んだ。

(つづく)


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「生産」という経済の基礎部分が衰退すれば、(日本)経済は当然ながら衰弱する。この原因を作ったのは、一体何なのか?言いようはいくらでもある。が、「日本の政治」が意図的に労働人口の構成を変えて来たことが主因だ。極端な工業化を推し進めるために、農業を始めとする第一次産業の従事者(=地方の労働力)を第二次産業・第三次産業へと組み替えてきた。今の中国や東南アジアでも推し進められている政策だが、昔からこの動きは「産業革命」という言葉で言い表されてきた。この「産業革命」とは、『18世紀の後半から19世紀にかけて起こった一連の産業変革と、それに伴う社会構造の変革のことである。産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程における様々な技術革新、製鉄業の成長、そして何よりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる。(ウィキペディア)』

以来、もう既に200有余年が経過している。そもそも、「革命」とは、それまで通用していた常識や社会構造が、時の経過と共に「物事の進展の阻害要因になってしまう」時、その要因を覆す「エネルギー」全般を指して使われる言葉だ。その「(産業)革命」が、欧米列強内で起こり、欧米による植民地支配を通し、世界中に伝播して行った。日本へは「黒船」によって、その端緒が伝えられ、「絹(綿)織物の生産や製鉄業の成長」を通して、日本は「世界の工場」という名を恣にして行くこととなる。

(つづく)


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日本人の代名詞のように語られてきた「勤勉さ」を、これからの若い世代の人たちに引き継いで行ってもらうことはできるのか?そのことを「本気」で考え、「継承」を実現して行かなければ、日本は「滅びる」。「滅びる」理由は、単純明快だ。「人々が生産に携わらなくなった」からだ。周りを見渡して、身近に生産に従事している人を探して見よう。生産とは、「無から有を生み出す」働きだ。この働き抜きに、商取引も経済も始まりようがないし、成り立ちようがない。

日本経済の長期低落傾向を直視すれば、その実態が「生産人口の減少」と同期していることがひと目で分かるだろう。だが、この話は、いつの間にか「総人口の減少=出生率の低下」にすり替えて語られるようになっている。本当のところは、人々が「生産」に携わろうとしないことで、「労働意欲」そのものが著しく低下するに至っているのに、その由々しき実態については、全くと言って良いほどに語られようとしていない。

(つづく)


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