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東日本大震災に寄せて

以下は、その返信です。(6月21日)

『群馬県総務部危機管理室長 設樂靖祐 様

「防災は泥縄では果たせない」に対するご回答をいただき、ありがとうございました。
ご回答をいただけたのは、弊社が提案を送らせていただいた10カ所の中で、神奈川県についで二番目です。重ねて、厚く御礼を申し上げます。

ただ、私としましては、群馬県、神奈川県共に備蓄に関して最初に述べられている点が気になります。

>群馬県では、災害時の「飲料水」の供給につきまして、ペットボトルの水を備蓄しているほか、耐震性貯水槽による備蓄、民間事業者等と災害時における応急物資の供給等に関する協定を締結し備えているところであります。(群馬)

>あらかじめ避難所設置用資機材や水、食糧、生活関連物資の備蓄を進め、県は、市町村から要請された支援をできる限り行うために協定品目の拡充や協定業者の拡大に努めることとしております。(神奈川)

市町村が「水、食糧、生活関連物資の備蓄」をすることは、(推測するに)法令化されているのでしょう。そして、県がそれらを供給する民間業者を選定しているように推察します。その民間業者の選定を、一定の割合で地元水業者に振り分けていただくことは不可能でしょうか?例えば、6~7割を県内水業者(水製造会社)に割り振っていただければ、1社だけでは賄い切れませんから、自然に草の根の供給態勢が構築されていくはずです。

震災後、保健所を通して「御社はどれほどの増産が可能か?」という問い合わせを受けました。「泥縄」とは、まさにこのことを指して申し上げています。備蓄に供するものを「地元水業者」に任せていれば、「地元水業者」は何を差し置いても、その要請に応じないわけにはいかなかったことでしょう。もし、「地元水業者」に任せていれば、それぞれが相応の準備をし、その責を「分散して」全うしたに違いありません。それが、本当の意味で、いざという時の防災体制の確立につながると、私は確信しています。

2011/5/7 12:08日本経済新聞 電子版<飲料水の海外調達拡大  サントリーは7000万本輸入> とあります。
また、サントリーは震災後生産が軌道に乗るやいなや、2リットル6本入りのケースをどこのメーカーよりも安く捌き始めています。それは、2000年問題後にも同社が取った販売戦略と軌を同じくする動きです。どこよりも「安く」仕掛け、その間に増えた需要を「総取り」にかかるという構えです。

日本の財政が苦しい中、地方経済が疲弊し切っている中、被災地が苦しんでいます。そんな時に水に恵まれた国のトップブランド企業が、海外からの「水」の調達を拡大したり、国内の中小水メーカーを追い落とすような価格設定をするのを放置していて良いのでしょうか?草の根の供給態勢の芽を摘み取った挙げ句に、「東南海地震」が起きたら、サントリーは「一人で供給を果たす」覚悟があるというのでしょうか?そんなことができる道理はないし、そうした「一極集中」が今回の災害で被害を大きくし対策を後手に回らせる要因になったことをもう忘れてしまったのでしょうか?

市場主義による競争の激化が、「一極集中」を生み出しました。コスト第一主義が弱小の存在意義を奪い、地方産業を危うくしています。ナショナルブランドと呼ばれているものが、備蓄に関しても幅を利かせ、既得権益をほしいままにしているのが実態だと思うのですが、いかがでしょうか?
それを「県」までもが、推進する側に立ってはいけないはずです。自治体は、地方自治を強力に推し進めるべき立場を自らで確立すべきなのだと思うのです。

地方自治に必要なことは「地産地消」に見られるような「需要=供給」の適正な関係を取り戻すことであり、地方の産業の育成を促進し、第一次産業も含めた上での雇用(仕事)の創出にあるのではないでしょうか?私の言う事柄に、「目新しい」ものなどありません。どれも既に「お題目」に上がっているものばかりです。本当は、解決策も俎上に上がっていて、後は「踏ん切り」の問題に過ぎないことに多くの人は気が付いているはずです。国に頼るという「意識」を変えることで、すべてが変わります。ただ、その「意識」を変えることが、「本当」は一番難しいことだということは、自分でも承知しているつもりです。しかし、人は「大病」をすると、きっぱりと意識を変えられることがあります。「大病」の因を、自分自身の悪弊と知るからです。私たちの日本は、病んでいます。しかし、私たちが「踏ん切り」をつけなかったお陰で病は悪化しただけでなく、「天誅」までが下ってしまったと感じるのは私だけでしょうか?

神奈川県も群馬県も、今回の東日本大震災を契機に防災対策を見直すと表明してくださいました。是非、しっかりと見直してください。形ばかりの見直しではなく、本質的な見直しをお願いします。国が決めたことに従うという発想を捨て、各々の自治体が自分たちの意志で自在に動ける態勢を確保すること。国の初動がもたもたしているようなら、各々の自治体の連携で、初動を開始させること。それができて初めて「地方自治」は意味を為します。もう「国が決めないから、動けない」という言葉を繰り返さないでください。確かに今の仕組みの中では、仰る通りなのだろうと思います。でも、だからこそ「国が決めなくとも自分たちが動く」という裁量(権)を獲得するようにしなければならないはずだと、思うのです。

私は、「繰り返し使えるボトルとキャップの在庫」を促すことで、税金の使い方を具体的に変えてほしいと願っています。例えば、土木建設に振り向けられる税金にしても、大手ゼネコンに還流させるのではなく、直接的に地元業者に振り向ける。それをきっかけに、今の歯車ではない新たな歯車とギアを手に入れることを提唱します。本質を見極め、とことん県民のための県内産業を隆盛に導く施策を実施する。そういう「発想の転換」のための「ツール」として、私は「繰り返し使えるボトル」を提唱しています。それが、「実のある」防災対策を機能させることにも直結すると信ずるからです。

想像力があれば、すべてのことは「想定」できます。それを「想定」すらできないというならば、「専門家」も、「為政者」もその「資格」を持ち合わせていないとしか言い様がありません。個々の自治体が「県民のため」を貫けば、それが「国民のため」に直結します。それを今のように「国」に振り回されることに甘んじているようでは、結局中央集権に巣くう官僚や大企業のための「政(まつりごと)」に甘んじることとなります。

お願いですから、一度「自分自身の責」を問うことをしてください。将来の世代のために、今ある社会の在り方に私たち自身がどういう関わりを持ってきたかということを、真摯に問い直してほしいのです。私は、今年60歳を迎えます。私が高校生の時、私たちは迫り来る「管理社会」を前に、自分自身と向き合っていました。やがて、社会に「がんじがらめ」に絡み取られる「自分」の姿を予感して、みんなが最期の抵抗を試みていたのです。しかし、それぞれがどうであれ、私たちは結果的にその「管理社会」を受け入れました。そして、私たちが、目の前にしている社会は、その「管理社会」のなれの果ての姿です。この形骸化した「管理社会」を放置して置いて良いわけがありません。誰も責任を取らず、すべてを「想定外」と片づけしまう「社会」には引導を渡さねばなりません。次世代のために、私たちは「今一度」自分たちの世代の役割と向き合い直す必要があると思うのです。

是非、その観点から「真摯な防災対策をお願いします」。併せて、実のある「地方自治」の達成を果たしていただけることを願ってやみません。

         平成23年6月21日


       有限会社エア 代表取締役 増田窓男 』

(つづく)
 

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Author:窓男
水は、あらゆる生命の細胞をくぐり抜けることで生き物たちを束ねながら、地球と成層圏を舞台に、輪廻転生をくり返しています。
私たちは、その再生を果たしたばかりの「天然水」をお届けする、「天然水道」網の構築を目指しています。

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