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Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

コロナウイルスの発生源


第1話

(コロナ)ウイルスは、細胞を持たず自己増殖ができない。そのため、わたしたち人間の科学では「生命」という範疇には入らない。では、そもそもウイルスとは何なのか?

(*私の仮説はあくまで仮説だ。が、なぜ?こんな仮説を億面もなく掲げたか?と言えば、医療関係者を含めた科学者が「ウイルスの定義」すらしないでいる現実に唖然としたからだ。だから、医療関係者や科学者を挑発し、まともに「ウイルスと面と向かってほしい」という思いを込めた。仮説とは、それが成り立たないと証明しない限り、仮説としてはあり続ける。だから、こんな非科学的なと一笑に付すのではなく、科学的な定義をする手段として私の仮説に反駁をしてほしい。そして、一日も早く「そもそもウイルスとは何なのか?」を白日の下晒して欲しい!)

ずばり私の仮説を述べる。ウイルスは生物ではない。では、ウイルスの発生源は何かと言えば、PM2.5と総称されるものだ。その中には人工物であるプラスチックが風化してマイクロチップ化したものも含まれる。ウイルスそれ自体は毒素を帯びたものではない。が、その「大きさ」と「数」と「成り立ち」が問題だ。細菌よりも小さく、大気中に多く含まれ、植物や動物の体内にも入り込み、地球上のありとあらゆる所に散在している。細胞よりも細菌よりも小さいために、機会さえ整えば、「生命」の細胞内に入り込み、増殖する。PM2.5の特徴は、「燃焼によって発生するもの」ということだが、「燃焼」は生物が溜め込んだエネルギーがその素となる。つまり、PM2.5の大半は組成上、元生物だ。だから、遺伝子を有しており、それが生きた細胞に入り込むことで、細胞が備え持つ複製機能を使い自分たちの増殖を果たす。

人間の経済活動・消費生活の高まりによって、大気の汚染はノンストップで進行している。火山の噴煙といった自然由来のものを圧倒して、人間が撒き散らすPM2.5は、地域によって青空すら消し去るほどに拡大生産されている。それが、冬季の乾燥した大気に乗って活発な移動をする。また、鳥インフルエンザのように、鳥たちが越冬のために大陸を渡り、世界中に拡散される。それは、多くの鳥たちを死に至らしめる。恐らくは、鳥の呼吸器系に寄生し、増殖し、肺機能を侵す。同様に、地上の動物たちの肺機能も侵すが、生命内で増殖を重ねたものが他の個体へ乗り移ることで感染のスピードを上げる。その地上の動物たちの中に人間が含まれることは言うまでもない。

だが、改めて言うが、ウイルスは生物ではない。だから、ウイルスは意図を持って自分たちの数を増やそうとしているわけでもなく、ましてそのために人間の体内に潜り込もうとしているわけでもない。単に、人間が切りもなく「経済的繁栄」を求め、化石燃料を燃やし続け、それが恒常的に生物の体内に作用をもたらすに至っている。それだけの話だ。
地球上の哺乳類という括りで見た場合、人間だけが異様な勢いで数を増やし、結果ウイルスが感染し易い環境を作るに至っている。大気汚染の著しい都会の人混みの中で、感染をした肺から発散されたウイルスが、肩が触れそうな距離にいる人々に乗り移る。換気のない室内で、ライブ音楽に熱狂的に酔いしれる人たちにも乗り移る。そして、感染に怯える人々が検査を受けるために集まった病院内で、収容し切れず廊下にうつ伏せになっている人などから、医療関係者にも感染が拡がる。つまり、武漢に始まり、クルーズ船でも見られた「コロナウイルスの純粋培養」が、世界の大都市の、中でも病院内で行われ、急速に拡大されている。

「ウイルスとの戦い」という言葉が、テレビ等で叫ばれ始めたが、私たちは「この戦いの本当の相手が、誰であるか?」それを滑稽なほどに理解していない。だからこそ、見えない敵を恐れる人間たちが、戦う相手を見誤り、感染を拡げる役割を果たしている。生物ではない(コロナ)ウイルスが、生物のように振る舞う。それは、ウイルスの発生源を突き止めようとせず、その発生源が人間の経済活動によって撒き散らされている「燃料(=石油)等」の燃えカスや粉塵であることを「不都合な真実」として封殺しているからこそ繰り返される。この点が、見事に隠されているため、「ウイルスとの戦い」は珍妙さだけが浮き上がってしまう。「ウイルスとの戦い」と言いながら、「経済活動を阻害してはならない」とも言う。これは、仮に私が唱えるように「PM2.5が発生源」であった場合、「地球温暖化要因は、人間の経済活動とは無縁」とするグローバル経済の推進役である欧米のリーダーたちには「絶対に認めてはなられない真実」となってしまうということだ。

毎年決まって季節性インフルエンザに罹って亡くなる人は、世界中で20〜50万人と後を絶たない。それは、人間がインフルエンザに手をこまねいて、なんら有効な手を講じて来なかったからだ。季節性インフルエンザのウイルスは人間の作り出した環境に強い。それに比して新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスほど強靭ではない。だから、上気道でとどまっている限りは増殖するチャンスはほぼない。肺にさえ侵入させなければ、体内に入っても胃酸が葬る。その代り、運良く肺に入ることができた新型コロナウイルスは、ゆっくりと気兼ねなく自らを増殖させることができる。そのため、潜伏期間は長く、肺の中の細胞に取り憑き増殖を重ねた時は、いきなり肺の機能を麻痺させてしまう。が、肺まで辿り着けなかったものは、症状を顕すこともなく胃酸によって駆逐される。季節性インフルエンザのウイルスはもう少し、口腔内に留まる力を経験的に持ち、口腔内や上気道で細胞に取り憑き、増殖ができる。そのため、感染者は咳や痰などを通して、手当たり次第、周りの人を直接的に感染させていく。

上記が、季節性インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスのちがいだ。つまり、口腔内で増殖する術を得たウイルスは感染力が強く、その生い立ち故に、年間1,000万人の感染者を出すが、合併症(誤嚥性肺炎・持病)などを通して、1万人くらいの死者を生む。対して、口腔内で増殖できない新型コロナウイルスは、運良く上気道の防御網を潜り抜け肺に達したものだけが、増殖する機会に恵まれる。だが、それらの人を一緒くたに集め、換気の悪い部屋に閉じ込めない限りは、感染リスクを高めることはない。だから、日本では死者は増えない。患者を一箇所に集めなければ、患者さんの肺の機能不全は、その人だけで留まり、増殖したウイルスも人体同様「孤独死」を迎える。が、自然換気のない病室で懸命の治療に励む医師は、患者の肺で純粋培養された大量のウイルスを吸い込んで、自らの命を縮めることとなる。いわゆる院内感染だ。一度人間の肺内で増殖したウイルスは、元はと言えば肺内部の細胞だ。だから、それを吸い込んだ人の肺を一途に目指す。あるいは、その増殖したウイルスの量、故なのかもしれないが、イタリアで亡くなった医療関係者は、新型コロナウイルスで死亡した人の1割にも及んでいる。

数字は嘘をつかない。私たちの科学は、自然科学を元にしている。だから、科学的に客観的に数字を凝視すれば、その道の権威でなくとも、真実を射抜くことはできる。だが、私たち人間は、その自然科学の元となった自然を大いに変貌させてきてしまった。生き物でないウイルスを生き物のように振る舞わせ、それを恐れるに至っているのは、自然破壊を何とも思わず、経済至上主義を貫くことを何より優先させてきた私たち人類だ!それを私たちが思い知ることなしに、この「ウイルスとの戦い」は終わらない。

ワクチンなどあろうがなかろうが、肺に入ってしまったウイルスだけに対処する十分な人工呼吸器と病床さえ整えていれば恐れるほどの感染症ではない。だが、今回の新型コロナウイルスで分かったことだが、日本が、世界で一番病床数が多いと言う。こんな体制で「感染症」を語ろうとする世界各国の政治や医療のオーソリティーたちが「どうにかしている」としか思えぬ。つまり、季節性インフルエンザにきちんとした対処さえしてきたなら、そもそも毎年のように20〜50万を死なせることなどなかった。だが、それを漫然と放置しておきながら、今回の新型コロナウイルスにだけ戦いを挑もうとしている「不可思議さ」は、どう語ろうが晴れることはない。

イタリアでは人工呼吸器が足らず、重症の高齢者は見捨てられ、重症のより若い層の患者に用いられているという。これは「医療崩壊」とは言えぬ。「医療」が力足らずを理由に命の選別をしてしまっている。これは人類が未知なものに手をこまねいた末、因果応報に慄き、ただ呆然と立ち尽くしているからこそ起こっている現実だ。これを「地獄絵」と言わず、なんと評せばよいのか!季節性インフルエンザと言うか?感染症には、「人工呼吸器と陽性の患者さんをきちんと一人一人を隔離できる病床さえ確保していれば、どうにか対処ができる」そう実感しているイタリアやスペインやアメリカの医療関係者は、相当数にのぼっているに違いない。

オーバーシュートという言葉が、一人歩きしている。が、冷静に今起こっている実例を、良く見定めてほしい。「感染者を集めて、自然換気のない部屋に集団隔離をして、ウイルスの純粋培養している」場以外では、オーバーシュートは起こっていない!同じヨーロッパでもドイツでは起こっていない。また、世界180ヵ国に感染は広がっているのに、どうして、限られて国だけで大量の死者が排出されているのか?なぜ?そうしたことに医療関係者の目は行かないのか?皆が、何か間違った観点に囚われ、盲目的な消耗戦を挑んでしまっている。

この「地獄絵」の続きは、これからアメリカを震撼させることとなるだろう。アメリカは先進国の中でも、平均寿命が一番低い。病床数もイタリアより少ない。アメリカは、今日(3月25日)現在で、感染者数も中国・イタリアに次いで3位となっている。それにも拘らず、トランプは「経済活動の停止は国を壊す」「復活祭(4月12日)までに再開したい」と言って憚らない。この男には、物事の「因果関係」というものがまるで見えない。「因果関係」が見えないために、「神をも畏れない」。それが、彼の人気を支えていると言えば、それまでだが、その発した言葉が彼自身の地位を断罪することとなる。「最も愚かな大統領」として、歴史に記されるようになるだろう。だが、それは、彼の存在を許した私たち自身の愚かさにも通じている。トランプはヒトラーと同じく、虚勢を声高に叫ぶ。人類の過ちを体現し、その過ちを極限まで推し進めようとする。マネー(=経済)で、頬を叩けば言うことを聞かない人間など一人もいないことを、トランプは知っている。これが、「大衆迎合主義=ポピュリズム」というものの正体だ。大衆に迎合するのではなく、大衆を迎合させる術をトランプは知り、それを臆面もなく実践している。

ウイルスの発生源は純粋な意味での「自然」ではない! 人間に限らず、生物は進化の過程で環境適応力を磨いてきたが、今や人間は自分たちの経済至上主義が作り出した人工物で自然環境を見事なまでに塗り変えた。が、その人間が変えたしまった環境への適応力を迫られている。つまり、この因果は、人類の欲望が生み出し、自らの「生命」を脅かすまでに至っている。同じことが、「地球温暖化」でも起こっているが、その脅威は、「まだまだ先の問題」として、世界の指導者たちによって脇に押しやられて来た。だからこそ、「直ちに行動を起こさねば、生死に関わる」という「応報」を「自然=神」が用意した。その啓示に人々が気づけば、人類は「平和」という名の「調和」を手に入れることができる。が、「神が与えた試練」というキリスト教の教えの根本に立ち返れなければ、人類の滅亡は避けられないほどの「因果」を、私たちは既に積み重ねて来てしまっている。

仏教でも良い。「全ての源」と呼ばれた「水の神=エア」でも良い。自然科学でも良い。人は自らの「奢り」を常に戒めて行く「理念」を持たなければ、否応もなく「滅び行く存在」だということだ。今の私たちは、自然の調和を乱す者として、「自業自得」から決して抜け出すことはできない存在だ。経済至上主義を纏った人類の欲望は、巨大化を続ける。この期に及んでも、「経済しか頭にない」ならば、私たちは「自然」の仕置きを甘んじて受ける他ないことを、改めて記しておきたい!
コロナウイルスとの戦いが、「経済至上主義を纏った人類の欲望との戦い」と自覚されることを切に望む。


(つづく)

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