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Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

未来への投資


⚫社会を変える

自分自身の、会社との関わりを変える。それは、取りも直さず、自分自身と社会との関わりを変えることに直結する。多くの人は、「いくら自分がジタバタしても、社会を変えることはできない」と思い込んでいる。「じゃー?一体誰なら社会を変えられる」と言うのか?答えは簡単だ。「変えたいと思う人間が社会を変えて行く」。「会社」という字を置き換えると「社会」という字になる。つまり、この二つは別物ではなく、「会社」というものは、「社会」を構成する「単位の一つ」だ。だから、「会社」を興すということは、「社会」に対し一石を投じることとなる。本人がそれを「意識するか?しないか?」は別として、たとえば「下町工場」みたいな製造業が次々を生まれて行くと、技術的な土台ができ、その中から大きく発展して行く会社も出てくる。また、製品の高度化も進み技術大国と呼ばれるほどの進歩を、その国にもたらすことにもつながる。

だが、出発点は少数によるユニットが一つのアイデアを形にすることから始まる。始めた時には、自分たちですらそれがどういう完成形として結実して行くか?分からない。が、試行錯誤の末、アイデアは徐々に形を成し、製品化される。その商品の売れ行きによって、「真似をする」小さな別なユニットが現れ始めるが、その経緯抜きに「商品」が一般化して行くことはあり得ない。「真似をする者」と「真似をされる者」とのせめぎ合いがあって、初めて供給体制は整い始める。需要は一人歩きをしない。供給体制が整わなければ、買いたくとも買えないからだ。だが、逆に大きなところが供給を一手に引き受けるようになると、市場は一気に供給過多状態に陥ってしまう。そうなってしまうと、供給側がいくら需要の喚起を促しても、人々の「飽満感」を取り払うことはできない。これが、私たちの目の前にある「資本主義社会の実像」だ。

今後1年間で、31万社に及ぶ中小企業が廃業に追い込まれると言う。会社が姿を消すだけなら、それを「ご時勢」と言って済ますことができるかもしれない。しかし、そこで糧を得ていた人々は「どうなる?」施設や設備は「どうなる?」それらが「無に帰した」時の「社会的損失」は埋めようがない!ではないか。それは今回の風水害で、「自宅とか生業とか財産を失い路頭に追いやられる人々」とも重なる。私たちは、これを契機に「資本主義社会及び資本主義経済」を捨て、「民主主義社会及び民主主義経済」に活路を求めたい。最も「自由と平等」を担保できる少人数でユニットを組み、製造や生産に関わる事業に勤しむ。生産は天然素材をメインに据えることとしたい。家具などは木材を中心としたものの方が使い心地も良い。大量生産ではなく、手作りの逸品とするだけの人的資源だって十二分にある。プラスチックだって、天然素材を使い最終的には土に帰るものが既に開発されている。私たちは、地球温暖化を阻止するだけの知恵を十二分に持っているのに、「今の経済成長を阻害しない」ことを第一の命題とするが故に、実践しようとしない。だが、その経済成長による冨の偏在は、「世界人口の1%に当たる富豪たちが世界の冨の82%」を掻き集めるに至っている。そうした不均衡を許すことが、地球温暖化を許し、世界経済をご破産に導こうとしているパラドクスが私たちの目の前で進行しているのだ。

これを止める者は、それに気がついた人間しかいない。とは言え、私たちが今できるのは、「社会を変えるために、会社を変え、自分たちと会社の関わりを変える」ことしかない。自分たちが生き残ることで、自分たちのアイデアを形にして周りの人々に見えるように掲げる。そして、その「真似をしてもらう」。それが「民主主義社会及び民主主義経済」への「はじめの一歩」となる。「見本」も「手本」もなければ、人々は動けぬ。私たちは、「自分一人の判断で、勝手に動いてはならない」という教育を受けてきたからだ。「長いものには巻かれろ」という教えを、ずーっと受け続けてきたからだ。
人類は気の遠くなるほど長い年月、自然の驚異から学び、自然の脅威から身を守る術を身に着けてきた。が、その果てに自然の調和を乱し、自然環境を破壊し、気候変動を招いている。私たちは、ここで立ち止まり、言葉を習得し生態系の頂点に君臨するに至った「意味」や「道理」に立ち返らなければいけない!嘗て、私たちは「崇高な理念」を抱いていた時期がある。自らの内に「神」をいただき、自然との調和を第一義とした時を共に過ごしたこともある。当時と比べれば、私たちは明らかに退歩を重ね、心身共に弱体化を遂げ、ついには腐り始めている。

群れないこと。小さいユニットを構成し、自由・平等の元に個々の能力を最大限引き出し、確かな何かを作り出して行く。大量生産ではなく、自分にしか創り出せないものを、精魂を傾けて生み続けることを生業とする。それが、個々を「より高潔な存在」として行く。みんなには、それを自分を通して子々孫々に伝えていく存在となってほしい。

(つづく)


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