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Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

私の考える「水道の民営化」


b. 百薬の長

「良質の天然水」は健康に良い。「百薬の長」と言える存在だ。私たちの体は飢えには耐えられるように作られているが、渇き(水)に関しては全く耐性を持たない。飢えに関しては、体内に貯め込んだ養分を取り崩すことにより40日程度の絶食にも耐えられる。だが、水に関しては1日たりとも持たない。人間は生命活動の一環として、1日でおよそ2ℓの水を排出するため、その分だけを摂取する必要がある。水を摂取しないと、体内でできた毒素を排出させることもできないし、体温の調整すら効かなくなる。「水」は、私たちの体調管理を司る「要」の役割を担っている。人々の健康志向によって、その「水」の質が問われるようになってきた。その質によっては、「百薬の長」ともなるし、発がん性物質などの化学物質を含むものであれば、毎日摂取するものだけに様々な障害を生み出してしまう。水(分)は、飲むことだけで摂取するものではない。食べ物からも取り入れる。個々の家庭においては、調理にも使われ、それが次代を担う子供たちの体を作って行く。

c. 水の世紀

「水の世紀」と呼ばれる時代に、私たちは生きている。嘗て、「水はすべての源」と呼ばれていた。地球温暖化の進行に伴い、その稀少性が見直されると同時に、水資源は「すべての源」という意識が再認識されるに至っている。農業や酪農で、食糧生産に対してどれほどの水を必要とするかが数値化され、併せて工業にも大量の水が不可欠ということが改めて認識されるようになった。結果、全産業で真水の取り合いが生じている。それが21世紀が「水の世紀」と呼ばれる由縁だ。こうした環境下では、「天然水が汚染に晒される前に、人がまず食する」。それが、もっとも合理的な考え方だ。その合理的な考えに基づくことこそ、人間の知恵の使いどころであると同時にコストを最小に収める方策だ。

d. 地政学的優位性

群馬県は自他共に認める天然水の宝庫であり、利根川を通じて、江戸・東京の水瓶という役割を長きに渡って務めてきた。この役割が変わることはない。その地政学的優位性をどのように群馬県の経済に活かしていくのか?その点に大胆な発想を盛り込んでいく必要性がある。
日本の豊かさは、豊富な「水」を活かした農業や漁業や林業の隆盛と、そこで培われてきた勤勉さによって、長い時間を掛け醸成されてきたものだ。その貯めが地方にあったからこそ、一旗揚げようと上京した人々も故郷に錦を飾れたし、海外に日本の技術力の高さを示すこともできた。今の日本は、その地方の貯めをすべて使い果たそうとしている。サッカーではないが、味方が攻め上がるためには後方がその貯めを作る。それができなければ、得点よりも失点が上回わってしまう。地方経済が中央を支える。その発想を持ち直さなければ、日本は「もぬけの殻」になってしまう所以だ。地方経済の活性化こそ、日本経済再生のキーとなる。決して、その逆ではない。

(つづく)

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