FC2ブログ

Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

世界の危機

 その4

GMの破綻が間近に迫っている。常にアメリカの産業の中心に位置し、資本主義のシンボルであり続けた巨大企業が潰れる。あるいは、象徴として形だけが残される。どちらにしても、GMの巨大さ故に、その影響は想像を絶するものになるだろう。
誰もが希望的にその影響を過小評価したがるのは、分かる。しかし、資本主義のシンボルが現実にそぐわなくなってしまったことの意味は、過小に受け止めるべきことではない。需要と供給のバランスが、経済の有り様を決定づける。需要のあるものは売れるし、ないものは売れない。これ以上ないほどの単純明快さが経済の根本にある。

GMの車は需要を失った。だが、需要を失ったのはGMだけではない。車そのものが、一気に需要を失ってしまったことが背景にある。そして、だからこそ、ずーっと販売台数世界一を誇ってきた企業が潰れることになったのだ。売上が低迷していた4~5番手の企業ではなく、曲がりなりにも世界で一番車を売っていた企業がいきなり潰れる。その意味を明らかにしないで、先に進む訳には行かないだろう。。需要と供給の潮目が一気に変わった。それ故に、大きな企業ほどその煽りを大きく受けている。資本主義システムを作り上げてきた本家本元が揺らぎ、潮目の変化に乗り切れない事態が生まれてしまったのだ。これを資本主義の危機と呼ばずに、GMの破綻だけで済ませられるはずはない。

もし、クルーグマン教授の言うように、「消費者が消費すればいい」だけなら、GMの話がここまで大きくなることはなかった。市場主義とは「稀少なもの」に価値を置く。そのため、枯渇することが噂されるものには高値が付く。石油やレアメタルが、中国やインド、ブラジルなどのグローバル経済への参入で、高騰した。新興国の参入は、アメリカへの資金の環流という点で、不可欠な要素となっているが、石油の高騰は「ガス喰い虫」のようなアメ車を直撃した。それでも、株や債権が高騰している限り、アメリカには潤沢な資金が環流し、「大きいもの好き」なアメリカ人はアメ車を買い続けることができた。だが、金融危機でアメリカに資金を環流させるコンベアベルトが壊れると、流石のアメリカ人も消費するお金を失った。元々「消費を美徳」と言い続けてきたアメリカ人は、貯蓄をしない。ローンを駆使して、借金漬けになってまでも消費を繰り返してきた。その人々が、いきなり破産の憂き目に遭っているのだ。その人たちに「消費者が消費すればいい」と言ってみても、なにも始まらない。
これは、もうシステム自体の機能不全であって、小手先で修正できる次元の話ではない。資源の枯渇と地球温暖化は、人間の理知を飛び超えた現実だ。その事実が「浪費経済」の重しになっている。人類が持つ動物的な防衛本能が機能し、今までのような開けっぴろげな浪費社会が復活することはもうあり得ない。需要と供給の潮目の変化も、そこにこそ根拠があるのだ。

工業製品が余りにも大量生産された故に価値を落とし、懸念される食料危機故に農産品の相対的な価値が上昇し始める。その両者のバランスの変化は、今後鮮明の度合いを深めていくことだろう。日本の貿易赤字の恒常化も懸念される事態だ。だが、膨れあがった人口は、急には減らない。人が居れば、必ずその分の需要はある。それをしかと見定めて行ければ、経済もその需給関係に見合ったものになっていく。
例えば、「日本の高齢者は、金融資産を多く抱えている」と言われる。その人たちが介護を必要としているが、それに要する人も施設も足りていない。サービスの要望があるのに、それを提供する側の体制は整っていないのだ。そこには、経済を動かす明らかな需要がある。しかも、日本の人口構成を見る限り、今後数十年この需要は続く。日本の貯蓄率は高く、サービスを受ける側は資産を有している。内需の拡大をグローバルに考える必要など更々ない。何が本当に必要なことかを見る目があれば、いくらでも需要はあるのだ。そして、雇用さえ確保できれば、この国の経済は回る。
但し、無い物ねだりは、もうできない。それだけは理解しなければならない。それが、需給の潮目を変え、資本主義を根本から問い質すきっかけを作った。その現実を見つめ、新たな需要に対して、真摯な供給体制作ることが求められている。(つづく)
別窓 | 世界の危機 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<世界の危機 | Water Diary | 世界の危機>>

この記事のコメント

∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| Water Diary |