Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

イギリスのEU離脱が指し示すもの


世界中が、事の重大さに気付き右往左往している。だが、お門違いな反応が大半だ。そもそも「なぜ?経済は成長しなければならないのか?」「経済は、誰のために成長しなければならないのか?」「経済成長のために進められた人口膨張政策と、その膨張策故に増えた人々に掛かる社会福祉等のコスト増は、明快に、相容れない事態を迎える。もうそこに辿り着いてしまっている事実を、なぜ?我々の社会はひた隠しにするのか?」そして、「そのひた隠しを、いつまで続けられるつもりでいるのか?」

イギリスのEU離脱は、「衝動的な選択」の結果だ。残留派の主張は、「経済的な損得一点張り」だった。これは権力を握っている側の論理で、騙されやすい人たちが追随していた。一方離脱派の主な論点は、「反グローバル」だった。これは、権力を持たない側の論理で、反骨精神を持つ人たちが追随した。
若者たちは、「人やモノや文化の自由往来」というEUの本来的理念を善しとした。それに対し、年寄りは完全に二手に別れた。一つは、グローバル経済がもたらす、「分配の不平等と、財政の破綻とそれに伴う次世代へツケを回すことを憂慮する」側と、相変わらず、「権力に追随することで、おこぼれに与れると考える」側だ。

結果からみると、「分配の不平等」を憂う年寄りが大きく動いたことが見て取れる。若者たちが、理念のみでEU残留を支持するのを見かねて、「反グローバル」という観点を持たなければ、「分配の不平等」は若者たちにも、「そのまま及ぶ」ことを示した格好だ。そして、離脱派と残留派の論点は、噛み合わないままに、権力側の敗北という結果をもたらした。

国民投票という手法は、「直接民主主義」の最たるものだ。これを権力側が、国家を二分する極めてセンシティブな問題に関して持ち出したのは、明らかな失策だった。だが、「資本主義と民主主義を同一化させてきた」権力としては、国民投票に応じるしかない事態を自らが作ってしまった。自分の名が、「租税回避者」として上がり、世界中の人々に知れ渡ってしまった。どうみても、そのことの負い目がキャメロンにはあったと言う他ない。だが、キャメロンには同時に、「騙されやすい人々は、経済的な損得勘定を鼻先にぶら下げれば、今までどおり従順さを示す」という奢りもあったに違いない。だから、彼は「賭けに出た」。

そして、彼は「賭け」に負けた。この権力側の「敗北」は、「歴史の転換点」となることだろう!何しろ、これは「無血革命」だ。民主主義とは、本来、多数派がイニシアティブを握ることのできる政治システムだ。だが、実際には、一握りの政治家と金持ちが、自分たちの「利益」を恣にしてきた。しかし、自分たちの「富」のために、平気で多数派を「貧」に貶める政策をいつまでも続けられる訳はない。「貧富の差」は、最早それほどまでに拡大している。今回の国民投票は、この現状に「NO!」を突きつけるものだ。これで、「反グローバル」を掲げる「非権力」側が勢いづく。権力を持たない側が、「清心さ」を旗印として、「直接民主主義=国民投票」を求めるうねりを世界中で起こして行くこととなるにちがいない。

できるなら、その「うねり」が淡々と進んでほしいと願う。誰しも、権力を手にすると、当然の如く奢りを身につけていく。そうした強権と最初から全面衝突するのは得策ではない。勝利は、一つ一つ確実に積み上げて行くにかぎる。そして、そのためには、私たち多数派が、もっと「知恵と知識を高めて行く」ことが不可欠だ。

とは言え、本当は、とても「簡単なこと」だ。「民主主義とは、本来、多数派がイニシアティブを握ることのできる政治システム」なのだから、それを行使すれば良いだけの話だ。その単純明快な事実に気付けば、世の中は「コロッ」と変えられる。と言うよりも、「世の中はコロッと変わる」。私たちが、自分たちに掛けられている「マインドコントロール」さえはね退けられれば、私たちは「既に」強力な「力」を有していることに気付く。

実は、すべては、既に私たちの手の内にあるのだから..... 。


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