Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

飲食用水と生活用水を分ける


「飲用水だけミネラルウォーターを飲むが、料理には生活用水を使うしかない」。

利用者に、この「選択肢」しか提供できないのなら、「水」を大型容器に詰めて「届ける」意味などない。この「選択肢」を打ち破るには、料理水にも天然水を使う「意味(意義)」を明確にする必要性がある。その上で、その天然水を一般の人でも「使い切れる」価格で届けられるようなものとしなければならない。この二つの耳を揃えないかぎり、このビジネスが「普及」することはない。S社の本格参入とその結果は、私が述べて来た「当たり前」のことの「白黒」を「これ以上なく」はっきりさせるものとなった。日本の大型容器によるミネラルウォーターは「高すぎる」。それは、人々が日常的に使おうと考える範疇を最初から超えている。

(だから、サーバーをおまけにつけても、月2本しか使ってくれない人しか集まらない。それでは、この商売はいつまで経っても赤字から抜け出せるはずがない。)

(つづく)


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