Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

知恵と道具を使いこなす


弊社で廉価なサーバーとクレードル&バルブ及び手動ポンプを取り揃えた。このところ、それらの売れ行きが好調だ。他がすっかり勢いを失っているので、その動きが目立つ。これは経済の自律性を回復させようとする流れと無縁ではない。と言うよりも、サーバーを無料で貸すことで、安くもない「RO水」を買ってもらおうとする商売が事実上破綻した。そのため、「天然水」の必要性は、以前よりも増している。源水の汚濁や水道施設や水道管の老朽化を避けて通れる国などないのだから、天然水は「まとも」に売れば「必ず」売れる。それは、どこの国に於いても事情は変わらない。

水道は先進国しか普及していない。その内、ヨーロッパは、国境とは無関係に大河が流れているため、手間暇をかける「緩速濾過法」が普及した。効果の程は、歴史が証明している。それに比して、アメリカはほとんどの大河が自国内を流れているため、お気軽に殺菌剤を投入する「急速濾過法」を普及させた。日本はアメリカを真似たが、本家のアメリカは「急速濾過法」の限界と水道経営(飲用)を官が行うことの不経済性と不確実性に気づき、「足を洗った」。先進国で唯一日本だけが、「急速濾過法」にしがみついた「飲用水」供給を行っている。そして、日本の軟水は硬水と比べて、水道管を溶かす性質を持っている。日本の水道水が「危険!」と言われる所以だ。

サントリーとアクアクララの提携は、「RO」が「わざわざ」売れない様にしてしまった大型容器の宅配事業を振り出しに戻した。だが、それですべてが解決した訳ではない。サントリーは、サーバーを無償提供することなどしない。サーバーを無償提供すれば、「天然水」を安く供給することができないことを承知している。そして、ペットボトルでミネラルウォーター市場を押さえているサントリーに「急ぐ」必要はまったくない。どの道、アクアクララと組んでいる間は、「安く」供給することなどできない。彼らに必要なことは、布石を打って置くことだ。時間を掛けて、テレビで「天然水」を連呼し続ければ、いずれ消費者はじっとしていられなくなる。消費者が「焦れ」て、「欲しい」と言い出すのを「ゆっくり」待っていれば良い。

だが、サントリーをして「時節到来」と感じさせたものがある。それは、消費者の潜在的「ニーズ」だ。「天然水」の持つ「プラス」の「力」を感じ取っている人たちが居る。その人たちの勢いが、日本食が「世界無形文化遺産」となったことで増す。既に、日本食の繊細な味覚を、子供の頃から舌で覚えさせようとする活動が始まった。そこに欠かせないのが、日本の天然水だ。出汁の抽出力の高さは、天然水にしかできない芸当だ。素材のおいしさを活かすのも、天然水が得意とする。日本食の繊細な味覚は、日本の天然水なしには辿り着けない領域なのだ。如何に「鈍感」な私たちでも、廃れ行く文化を再生させて行くためには、その大元となるものを復活させねばならないことに気付く。日本の場合、それは風土であり、食文化であり、天然水だ。

その天然水が、山国の日本にはそのまま残されている。それを活かせば、今供給されている「不安一杯」の水道水よりも、「安く」供給することができる。見えないところで「垂れ流し」的に使われている税金や自己防衛策として使われている「浄水器」などにかける費用を換算すれば、天然水の方が実質的には水道水よりも「安く」供給できる。
ここが「盲点」だ。税金の不公平・不公正且つ恣意的な使われ方が、商売の原点を歪め、「すべてのみなもと」の供給をも狂わせて久しい。他国は別として、勤勉さと機転を武器に世界に冠たる技術を磨いてきた国民性は、「みなもと」を蔑ろにしたことで、自分たちが拠って立つ場を見失ってしまった。

天然水の飲用水としての供給が「安く」できるならば、「敢えて今の水道水を選ぶ人は居るのか?」人は天の邪鬼にできている。だから、10〜20%程度の人はそれでも水道水を使い続けることになるのだろう。だが、その人たちにまで「天然水」を強いる必要はない。物事を合理的に考え整えて行けば、私たちは誰でも「本物」を手にすることができる。それだけのことだ。
今のところ、この簡単な「道理」を理解する人は少ない。だが、より多くの人に天然水を「安く」供給するために弊社が用意した「ツール」を、「天然水」の販売促進に活かす人たちが出て来た。「RO」の衰退で停滞が目立つ中で、異彩を放つ人たちの「流れ」ができて来た。「モノ」がなければ、人は動きたくとも動けない。その意味で、弊社が取り揃えた「ツール」が今後どう「流れ」を大きくしていくのか?注目したい。

自然災害の猛威は、止まることを知らない。「経済成長」という「亡霊」を追い求めるあまり、私たちは「重大な危機」との隣り合わせを受け入れた。8%の消費増税も最早止まらない。「豊かさ」を追い求めるあまり、生活困窮者を増やし続ける現実に、私たちはいつまで目を伏せたままでいるつもりなのか?加速する高齢化へのセーフティーネットも崩壊寸前だ。そこに、消費増税を敢行すれば、この国は持たない。と言うよりも、この国を支えて来た人々のモチベーションは、一挙に「行き場を失う」。気付いていないのかも知れないが、この国の国民は、「平等」を追い求めて来た。それを今の政府は、完膚なきまでに打ち砕こうとしている。

来年は、間違いなく「激動の年」となる。それでも、私たちは「できないことをできると言い張る」政府に「お任せ」姿勢を崩さない。壊れかかっているシステムは、繕おうとすればするほど自壊のスピードを早める。私たちが、その渦中に居るという事実を認めないでいると、逃れ切れない現実の方が先に降臨して来ることとなる。「来る年」、私たちは否応もなく、人間の持つ本来の知恵と道具を使いこなさねばならない局面を迎えることとなるだろう。

(完)


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