Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

中国見聞録


基本を「なし崩し」にすることなく、あくまでアメリカンガロンボトルビジネスの合理性に即して行く。今その1点に集中できれば、道は「絶対」に拓ける。何故ならば、「RO水各社」の没落で、真空地帯が生まれる。確かにその隙間を目先の違ったものが埋めようとしている。しかし、新派の登場だけでその真空地帯は埋めきれるものではないし、新派の正体が見透かされてしまうのも時間の問題だ。このマイナス成長の経済の中で、「高い水」を喜んで買う人など一人としていない。自分の儲け分だけ「高い水」を、 自分が負担して買い求めたサーバーをただで貸すことで買ってもらう。この「道理に合わない」「割りにも合わない」商売の代理店をやろうとする「おバカな人」が、いつまでも続くとは思えない。

生活に必須な「天然水」を心行くまで使える価格でお届けする。そうすれば、単純に考えて、沢山使っていただける。その時、自分たちを置いて「誰が、それを、一番安くお届けできるのか?」それが、ガロンボトルビジネスの出発点であり、生命線だ。それが、大企業とも互角に渡り合えるガロンボトルビジネスの存在意義であり、目指す最終到達点でもある。

今回の中国行きで、ガロンボトルビジネスのターニングポイント(退潮)を示す情報と出会った。私たちの業界ほど、エンドユーザーのことを考えていない業界はない。それは、A社が机上で練り上げた「ビジネスモデル」が代理店をターゲットとする商法だったことによる、当然の帰結だった。
それを、どうすればエンドユーザーを起点とするものに「変えられるか?」それは、「水の良い地」にたくさんの「天然水工場」を建てることで、「変えられる」。なぜなら、売れない「RO水」を売ろうとして、すでに100万台以上のサーバーが、日本中に散在している。そして、そのサーバーを据えた場所に「水」を届ける組織が「もう」存在している。その人たちに「RO水」に代わる「天然水」を手渡せる流れを作れば、本来のガロンボトルビジネスが機能を始める。「絵に描いたような地産地消」が実現する。配送は、一番の効率を発揮できるものとなるので、工場の仕切り価格を適正なものとすれば、今までよりも遥かにリーズナブルな末端価格を実現できる。工場は稼動率を高め、販売者は配送量を高め、利用者は心置きなく「天然水」を使える。
そうなった時、サーバーは誰が負担すべきか?は明らかだ。その仕組みの中で一番受益を受ける人が負担すれば良い。それは、製造者なのか?販売者なのか?利用者なのか?それとも3者が応分に負担することになるのか?それは、最終的な末端価格次第なので、今のところ断定はしないでおく。しかし、アメリカのように「公共水道」に代わるものとして、圧倒的大多数がこの仕組みを利用し始めれば、サーバーを誰が負担するか?は特に重要なポイントではなくなる。3者の強固な「環」が出来てしまえば、3者の利害は完全なる一致をみることになるからだ。私たちは、そこに至るまでの橋渡しとして、「品質と価格」が両立するサーバーを市場に投入する準備を始めた。今までのように代理店を募る大元にサーバー独占させているようでは、販売者は自由に動けない。その点を緩和させていくことが、ガロンボトルビジネスの流動性を生むために欠かせない。

今回の中国行きでたくさんの人と出会った。その人たちから発せられた「エネルギー」が、まだ自分の中で、「ふつふつ」と音を立てている。それを、ゆっくりと咀嚼しながら、今後に役立てて行きたいと考えている。

(完)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
| Water Diary | NEXT