Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

ガロンボトルビジネスのニーズ

不要なものが朽ち果てていくのは必然ですが、人々が自分の健康を気遣うかぎり「天然水」の必要性が消え去ることはありません。大量生産時代が長く続きましたが、「供給過多」の末の総需要の減少は必然です。まだまだ、多くの企業がその帳尻合わせのために潰れていきます。ただ、自分たちが扱うものが「真っ当」なものならば、私たちは石にかじりついてでも生き残りを図らなければなりません。需給関係は、勢いづいて一旦供給不足に陥るまで続きます。それから、ようやくのことで減少にブレーキがかかり、バランスを取り戻すこととなります。その大混乱の末、需給関係は地産地消という確実性に基づいて、安定を取り戻していくことになるのです。そこまで我慢ができれば、私たちの事業の必要性は一気に高まります。
が、今ここで挫けてしまえば、立ち直れるかどうかも定かではありません。

需要に耳を傾けているかぎり、畏れるものはありません。商いは、ニーズを見極めることから始まりますが、それ以前に、他人ではなくまず自分自身が「それを必要としているのか?」を出発点としていなければなりません。その起点さえ揺るぎないものであれば、ニーズあるものを不断に「磨いていく」ことができます。
一方、「儲けよう」として作りだされた「似非ニーズ」は、結局デフレの洗礼を受けることで市場から消えることとなります。

「捨てる神あれば、拾う神あり」です。

私は、神に拾われるのではなく、あくまで自分自身が拾う神になることを目指し歩を進めます。

(完)


 
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