Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

世界の危機

 その2

食料の需要と供給の関係故に、今の膨張した世界の人口は、必ず減少に向かう。では、その減少は何を契機に、どのように起こるのだろうか?
人間は考えるという点での真っ当さを失いつつあるが、動物が持つ自己防衛本能は有している。他の動物が群れの個体数を餌の量に合わせる能力だ。少子化と呼ばれる現象は、人間の本能的な働きが機能していることの証左だ。晩婚の理由も、経済的な事由も挙げられるが、本能的な選択も働いている。また、「Y染色体の劣化」や「雌化」などは、もっと大きな観点からの「個体数膨張の抑止弁」だろう。
経済危機も、これから減少していく人口とかなり密接につながっていることは、前章で述べた。バイオ燃料を見れば分かり易いが、食料とエネルギーは元を辿れば同じものだ。それを車や機械が使えば、人の口に入るものが減る。食料もまた油脂が人間の活力源になることにおいて、人間にとってエネルギーそのものなのだ。浪費経済が食糧不足に直結する所以である。

それ以外に人口の減少につながる事象を挙げると、「自然災害」「戦争」「疾病」等がある。それらは今後複合的に絡みながら、人口の減少という結果を得るまで続くことになるだろうが、今一番ホットな話題として豚インフルエンザを取り上げてみる。

豚インフルエンザは、徐々にその姿を現しているが「弱毒性」と言われ始めている。ウイルスは通常乾燥に強い。そのため、流行は冬季に起こる。それが、今の時期にも増えていることを見れば、その感染力は強いとみるべきだ。通常のインフルエンザの死亡率は0.1%と言われる。1千万人が感染すると、1万人が死亡する計算だ。それに比して、WHOが推定している豚インフルエンザの死亡率は0.4%と言う。「弱毒性」と考えられたことが災いして、豚インフルエンザは今年の冬猛威を奮うことになるだろう。通常のインフルエンザよりも4倍の致死率を持つ新型インフルエンザが、恐ろしい感染力を持って拡がる。問題は致死率でも毒性の強弱でもない。感染の総数だ。その数が増えれば、当然死に至る人が増える。単純計算で、1億人が感染すると40万、5億人ならば200万人が死亡することになる。

メキシコは、当初経済的な損失を犠牲にしてでも、蔓延の押さえ込みを図った。だが、アメリカは、「弱毒性」を根拠に、早々と経済優先に走った。日本政府は、メキシコへの「渡航自粛」を勧告したが、アメリカへの渡航は黙認した。それは、アメリカが感染の恐れよりも、経済を優先させたからに他ならない。ゴールデンウィーク後、韓国や中国で感染者が出たが蔓延には至らなかった。それに比して日本で感染者が増えたのは、この間にアメリカに渡航した人間の数が多かったという単純な理由による。
アメリカは急増する感染者を尻目に、経済活動を一切規制することはなかった。マスクをする姿も見かけないほどに。そこにゴールデンウィークを利用した日本人が大挙渡米し、帰国した。アメリカでの感染者が相当居たことが推測されるが、ある日世界の感染者数のカウントダウンが終わったので、以降誰もその数を気にしなくなった。日本はと言えば、アメリカの追随を始めた。大阪が「弱毒性」を理由に、休校処置の解除を願い出て、認められた。東京都知事も「感染者数の発表を続けるのは、日本くらいのものだ。お陰で外国人観光客は激減した。日本は騒ぎすぎだ」と公言している。
このことが、今年の冬どういうことを招き入れることになるか?に触れたい。インフルエンザのシーズンでない時期にある程度の拡がりを見せる新型インフルエンザの感染。それは、この冬の猛威を容易に想像させる。アメリカや日本で再流行が始まる。その時、アメリカがどういう対処をするかと言えば、今回の対処法が踏襲される。それは、ウイルスがアメリカから世界中にバラ撒かれることを意味する。アメリカで拡大再生産されるウイルスが、ジェット機に乗って世界の隅々にまで届く。感染者の増大に従い、その0.4%が死ぬ。私たちはその数の多さを、驚きを持って呆然と眺めることになるだろう。問題は感染者の総数であり、死亡者は薬を持たない発展途上国に偏ることが予想される。
経済危機で地球温暖化阻止の機運が削がれたように、経済優先は豚インフルエンザの感染に油を注ぐ結果になるだろう。本末転倒はとどまることを知らないほど進行することとなる。

私たちは、「大いなる力」に思いを馳せなければならない。自然に抗して、人口膨張というとてつもないことを成し遂げてしまった人類は、それが巻き起こしてしまっている様々な現実から目を逸らしてはいけない。但し、これは、人類に限らず言葉を獲得した知的生命体が辿る必然だ。知力を持った生命体は、自らの能力故に個体数を増やす。だが、それ故に、その星を食い尽くすことになる。「大いなる力」とは、自然の摂理だ。神様でもなく、難しい数学でもない。単純な足し算と引き算だ。地球が養うことの出来る人類の数は限られている。人が多ければ分け前は減る。私たちが、少ない分け前でも満足できるだけの節度を持てるならそれでもいい。だが、今のように皆が「もっともっと」を求めるなら、マイナスが超過してしまう。
これから起こることは、すべて人間が作りだした「算数」の結果に対する「自然の摂理」による帳尻合わせだ。私たちが、どう対応しようが人口は減少していく。だが、そこに人知を注ぎ込み、どういう対応をするか?本当に問われているのは、この星の知的生命体としての、人類の資質そのものなのだ。
(つづく)
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