Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

日本製サーバー

目先の利益や浮き沈みに囚われることなく、日本人の特色を生かした「もの作り」を通して、世界に貢献する。それが私たちの目指すところです。
「水の世紀」に相応しいサーバーとは、どのようなサーバーでしょうか?「もう、自分たちが思うサーバーを形にすべき時ではないか!」私と、古くからサーバーに関わってきた私の仲間たち(とは言っても皆キャリアを積んだ先輩たち)は、その一心で燃えています。

韓国にせよ、中国にせよ、家電製品は日本製を手本として製造技術を高めてきました。サーバーに関しては、その逆となりますが、それを逆手に取って日本製を作る。それが、できれば日本のすべての家庭にサーバーが置かれることになるでしょう。日本の家電の在り方とは、そういうものだからです。隣の家にある家電製品なら家(ウチ)にもある。それが新規の製品となれば、膨大な需要となるのは明らかです。それを国内で作ることにすれば、多くの雇用を呼び戻すことができるでしょう。

私たちが着手したのは、そこに至る環境作りであり、その「始めの一歩」です。
(完)

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日本製サーバー

ただ、冷温水機という極めて単純な製品に、どれほどのクオリティーを求めるのか?それは、人それぞれです。「お湯と冷水が、いつでも好きな時に利用できる」それが、冷温水機の絶対条件です。それさえできれば、後の細かな条件は「価格次第」という人も大勢居ます。特に、日本人以外なら。
そこに日本が関わるとすれば、基本設計に於ける革新性が求められます。省エネとメンテナンスフリー、その日本のお家芸的な発想と技術をどうサーバーに盛り込むか?それが勝負所です。

「水の世紀」に日本が果たす役割は多大です。新植民地主義を絵に描いたような「水メジャー」と一線を画し、水不足に喘ぐ民に、機動的に水を届けるシステムを作り出す。そのための膜技術、洗浄充填機、省エネサーバーなどは、日本の技術なしでは実現しません。
(つづく)
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日本製サーバー

実は、この間日本の企業が関わったサーバー作りが全く行われていないわけではありません。倒産した(株)北栄も含め数社が、設計を日本で製造を中国で行うという方法でサーバーを作りました。ただ、そのどれもが「日の目を見る」ことはありませんでした。
理由は、2つありました。

1.基本設計に於ける革新性の無さ
アメリカをオリジンとするサーバーは、韓国製を経て今中国製へと移る過程です。それを革新的な発想もなく、ただ小手先の改良だけで日本企業が絡んでも、全く意味を成しません。それは、ただ「高い商品を作る」というだけのことで、結局買い手のつかない商品となりました。その上、思いつきだけは盛り込もうとしたため、品質的には韓国製や一部の中国製の方がまだ「まし」という醜態までさらけだすこととなりました。それは、日本の家電メーカーが「もの作り」をする場合の緻密さなしには、日本の技術と言っても特別なものではないことを実証してしまいました。

2.中国で作らせたこと
日本の技術の高さは、どこに由来しているのでしょうか?それは第一義的には、日本の消費者の製品を見る目です。その目を満足させるために、日本は部品の1点1点に至るまできめの細かい品質管理をしています。それらの部品が組み合わされてはじめて、完成度の高い商品は出来上がるのです。一方、中国はまだそんなことは及びもつかないレベルで、模倣品を量産しています。ですから、それらの部品で組み上げられた商品は「それなり」のものとなります。
(つづく)

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続「サーバーの呪縛」

一度できてしまった流れは、変えがたい。サーバーに対する思い込みも然りです。その思い込みが覆るのは何時になるのでしょう?確かに言えることは、私たち供給する側がその思い込みを振り払わない限り、誰かが払拭してくれることはないということです。

そのために、「もの」と「時間」が必要です。「もの」と言うのは、この場合、思い込みを打ち消すだけの革新性と品質を合わせ持つサーバーのことですが、それが今完成品の姿で目の前にあるわけではありません。仮にサンプルでは良くても、量産ともなれば手抜きが生じてしまうのが、中国製品の現状です。それを、部品の1点1点から品質管理を行い、製品としての質を担保する。そして、時間的な経過の中で、その質を検証する。その検証作業には絶対的な時間として1年が必要です。その間のタイムラグは誰かしらが背負うしかありません。誰かがその間の「リスクを取らない」と物事を先に進めることはできません。それが、現実です。
ただ、一方で価格だけに釣られるようにして、日本的な品質管理を素通りした中国製サーバーが日本に上陸を果たしています。それらの商品が、将来性を問われることはありません。私がどうにかしたいのは、この「ちぐはぐさ」です。

将来性を問われない商品とHC66Lの価格差は、1台500円です。意識的に取るリスクは、検証を通して修正を効かせことができるし、大きな前進の糧とすることができます。一方目先のリスクをいつも回避していくと、そのリスクは「禍根」という形で将来に蓄積していくこととなります。その差が1台500円です。私たちは、その価格差を今詰める積もりはありません。それは、HC66L導入に伴うリスクを共有していただきたいからです。将来性という観点から、リスクを意識的に取っていただきたいのです。しかし、1年後自分たちが目指す品質管理が検証された暁には、リスク代を分かち合っていただく必要性はなくなります。

「水」は必需品であるからこそ、その将来性は疑う余地がありません。それが、皆さんがこの商売に参入してきた揺るぎない動機です。
だからこそ、目先のことではなく、まずこのビジネスの将来像を描いてください。そして、その将来像をどう達成するか?という観点から、そこに至る具体的戦略を描いていただきたいのです。

利用者の利益をどのように実現するか?その視点が欠如している業界は、伸びようがありません。利用者に利益をもたらせない業界は、自らも利益に浴することはできません。そして、業界が利益に浴せないならば、利用者の利益もまた実現はできないのです。
「サーバーをどうするか?」は、その意味で避けて通ることのできない問題です。
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続「サーバーの呪縛」

「サーバーの呪縛」を書いて、今更ながらに人間の「思い込み」について考えさせられています。思い込みは誰にでもあり、斯く言う私にもありますから、確かに「人のことを言えた義理」ではありません。しかし、その思い込みが社会的に定着してしまうと、「テコでも動かなくなる」のが現実です。

ミネラルウォーターの製造方法に「加熱処理」がありますが、日本のミネラルウォーターの黎明期には、それ以外の製造方法はありませんでした。そのため、弊社が製造許可を得ようとした時には、精密濾過の前例がほとんどなく、許可を出す保健所側にもかなりの戸惑いがありました。そして、その戸惑いは、今でも続いています。そこで、ミネラルウォーターの設備屋さんにとっては、まだ「加熱処理機」が営業の主体です。「常温充填(=精密濾過)にはクリーンルームが必要で、その設備に大金がかかる。それと比べれば、加熱処理機は安くつく」というのが、加熱処理機を薦める設備屋さんのセールストークです。

しかし、実際には精密濾過に必ずしもクリーンルームは必要ありません。また、保健所の許可取得もさほど難しいものではありません。それらのことは、もう前例によって十二分に証明されている事実です。そして、日本のように源水の良い国では、精密濾過が一番適した方法の上、イニシャルコスト・ランニングコスト共に一番安くつくことも明らかになってきました。

私がこのビジネスに関わって既に23年、ようやく「加熱処理」全盛は終わりを告げつつあります。それでも、まだまだ設備屋さんや保健所レベルでは「加熱神話」が健在です。
消費者の指向も既に「天然水を精密濾過したミネラルウォーター」に移行しているにも関わらず・・・・。
(つづく)
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