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Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

私の考える「水道の民営化」


c. アメリカンガロンボトルビジネス

アメリカは合理性を重んじる。税金を投入することで硬直化を招き、更なる税金投入を不可避とする事業に関しては、積極的な民営化を推進する。それが、ニーズはあるのに、利益を生むことのなかった水事業を一変させた。だが、古来より「水」は時の権力者が「すべての源」として握り、「民」に平等に「分け与える」ものだった。それは、いつの時代でも「水」は、食糧生産に不可欠であると同時に、人々の生死すら左右してしまう「なくてはならない」ものだからだ。その考え方は、「古今東西」を問わない。それを「水道」の代わりとして供給するとしたら、ペットボトルに詰めて届けるのでは「非効率」過ぎる。容器代の方が高くついてしまう。水道に代われるだけ廉価で、しかも事業主体となる民間がきちんと利益も取れる。その上、持続性・継続性までも担保できる。それらの合理性を同時に果たせるもの、それが即ちアメリカのガロンボトルによる水の宅配ビジネスだ。

(つづく)


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私の考える「水道の民営化」


b. 弊社の歩み

25年前、弊社は所謂「ガロンボトルビジネス」を始めるに当たり、アメリカのコンベンションを視察した。そこで、開催されていたセミナーで「微生物ーその生態と制御」を学び、当時のアメリカに於けるガロンボトルビジネスをつぶさに見る機会を得た。それが、弊社の出発点である。当時既に都市部の8〜9割の人々が利用していた大型容器による「(天然)水」の宅配サービスは、水道水の代わりとしての大役を果たすものだった。そこで、弊社もアメリカ同様のガロンボトルビジネスを目指すこととした。だが、製造方法に関しては、原水の質の違いやミネラルウォーターの概念の違いによって、当然ながら日本の法規制に合致したものにしていく必要があった。そこで、北里大学環境衛生センターの奥田舜冶先生及び元多摩川浄水場長で水博士と呼ばれていた小島貞夫先生の指導を受け、「精密ろ過」技術を確立した。また、洗浄殺菌能力を大幅に引き上げた国産コンパクト洗浄充填機を設計し自力で産み出した。弊社の洗浄充填機は、群馬県の1社1技術の認定を受けている。その上で、最新のボトルリンサーには同じく1社1技術の認定を受けている(有)ジーイー・メディカル社製のオゾン生成機を搭載している。合わせて7台のプラントが既に国内で稼動している。
サーバーに関しては、国内の草分け的な存在である(株)北栄との提携関係を築き、サーバーの品質向上と低価格化に寄与してきた。また、大型容器には不可欠な給水ツールに関しても、広範な利用者のニーズに応えられるものを開発してきた。他のガロンボトルのミネラルウォーター製造販売業者が見向きもしない基盤整備に、弊社は四半世紀をかけて来た。

(つづく)


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私の考える「水道の民営化」


5.ビジネスに新たな価値観を!

a. 経済概況

資本主義とは、資本家が主導する経済を指す。だが、その根幹が揺らぎ、多くの企業は税金の投入で何とか「潰れずにいる」。日本が生み出した「護送船団方式」による国家資本主義が、その効率の良さを活かし、日本を「世界の工場」に押し上げた。だが、世界中がその成功を真似た。アメリカも韓国も中国も。そして、数多の新興国も。国家規模で世界中が「世界の工場」を目指し始め、無秩序な供給体制が整い、供給競争が始まった。アメリカは途中で「金融資本主義」に特化する道を選んだ。そして、グローバル・バブル経済体制が出来上がってしまった。

健全な資本主義では、資本の調達力がモノを言う。経営に実績がないところは、資金の調達ができない。そのため、供給側が無闇に増えることはないし、安定的な「一人勝ち」状態が持続できた。だが、国家資本主義は税金を原資とするので、いくらでも資金の調達ができてしまう。その資金を効果的に使えば、他国の一企業相手なら簡単に蹴散らすことができた。また、金融資本主義も投企目的に、資金力のない国の資金調達を叶えてしまう。だから、供給側は今後共無秩序に増えてしまう。資金調達力がモノを言うはずの資本主義は、こうして自らの長所を弱め自壊の道を辿って来た。

そして今、日本は嘗ての「栄華」を忘れられず、「二匹目のドジョウ」を狙う。だが、そこにもうドジョウはいない。国家資本主義同士が戦えば、為替安の国や計画経済が得意な国や新興国・後進国など、日本よりも優位性を持った国が世界中にはうようよしている。その中で、日本が「パイを拡大」できる必然性など最早どこにもない。なぜなら、この競争ではまだ成長を遂げていない国々の方に「分が在る」。人件費が安く、貨幣価値も低いからだ。だから、その競争に無理やり入り込もうとすれば、「アリ地獄」が待ち受けている。その結果、日本が手にするものは「設備投資」と「値下げ競争」による、国民の預貯金を持ってしても埋めきれない無限大の「債務超過」でしかない!

(つづく)


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私の考える「水道の民営化」


閑話休題−2

「水道の民営化」議論が俎上に上がって来た背景には2つの要素がある。
1.原水の水質の劣化により、水道水が美味しくないだけでなく、健康面で少なからずの懸念を抱かせる存在に成り果てている。
2.また、現在の水道施設及び水道本管等の管理維持には莫大な費用がかかり、それを税金で賄うことが最早困難になって来ている。

つまりは、水道事業が元々は有していたはずの「再生可能性」を失い、何らかの抜本策を講じなければならない局面を迎えているからこそ、自分たちの非を認めたがらない行政やら政治家までが「この議論」に渋々身を乗り出してきた。
そこで、今年に入って、身近な行政に今ブログで連載しているものを「私の水道民営化論」として、提案してみた。

以下は、それに対する回答の要旨だ。

1.水道事業は、水道法に基づき、事業経営を行っており、水道事業に求められていることは、安全で安心な水道水を安価で安定的に供給することであり、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与することであります。
2.この水道事業の基本的な考え方に基づき、本市におきましても、安全な飲料水を安定的に供給するため、災害に強い水道施設の構築を図りながら、効率的な事業運営を進めております。
3.今回ご提案いただいた水道事業を「飲食用」と「生活用」に分けた上で、生活用水のみを水道事業(公共)が担い、飲食用を民間に移譲するということは、法の趣旨からしても困難であると考えています。
4.官民連携自体は、より効率的な事業経営を継続していくために必要な手法であるとは考えていますが、第一は、市民の皆様が安心してご利用していただける水道水の供給に努めていくことであると考えていますので、ご理解ご協力をお願いいたします。

この回答には、何か抜本的な解消策を含まれているか?と言えば、単に「現状維持」を宣言するばかりのものだ。

アメリカが35年以上前に進めた「水道の民営化」策を、「安全で安心な水道水を安価で安定的に供給することであり、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与する」という観点から検証した上で、返答するというならまだしも、上記回答は政治家や官僚の独り善がりの答弁と寸分と変わらない。
そもそも、「健康面から少なからずの懸念を抱かせる水道水を供給している」という意識など毛ほどもないのだから、「暖簾に腕押し」「馬の耳に念仏」だ。

が、それでも閑話休題としてわざわざ掲載したのは、「大江戸3部作」を見て、江戸時代の日本人は今より遥かに創造力も知恵も身につけ、聡明だったと感じたからに他ならない。それに比して、私達は退化している。「ことの道理」を理解できない人間に成り下がっている。その事実を江戸との対比を通して、心ある人に自覚していただきたくて記した。

江戸時代は、民の創意工夫が花開いた時代だ。多くの町民が商いに関わり、様々な商売も生まれた。経済の活性化は、民の活力が引き出し、発展させたと言っても過言ではない!政(まつりごと)が、経済にちょっかいを出すことなどなかったが、それが「需要と供給」に即した健全且つ循環型の経済発展を可能とした。

それに比して、今の政治は経済に口を挟むことを「常態」と心得違いをしている。そうしたことが、「私の考える水道の民営化」に対する回答にも滲み出ている。「お上のやることに口を出すな」という態度が、私達の感じる「閉塞感」の素になってしまっているが、このままでは、私達の創意工夫が世の中に反映される機会は永遠に失われてしまう。

そうした思いを改めて記し、閑話休題を閉じることとする。


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私の考える「水道の民営化」


閑話休題ー1

先日、NHKスペシャルとして去年夏に放映された「大江戸」3部作の再放送を見た。第一部が「水の話」第二部が「商人の話」で第三部が「火事の話」だったが、全編を通して語られているのが、江戸が当時としては世界一の人口を有した巨大都市だったことだ。
それを可能としたのが、「物流網としての運河建設と地下に埋設された水道網(第一部)」であり、鎖国をしていたにもかかわらず、植民地支配で急成長を遂げたロンドンの経済成長率0.29%やアムステルダムの0.21%に対し、「内需だけで0.24%という驚異の経済成長を可能とさせた経済の民営化(第二部)」であり、「何度も何度も江戸を襲った大火をバネに、果たし続けた江戸圏の拡大の様(第三部)」が生き生きと映し出されていた。

江戸時代に50万の人口を抱えていたパリや60万を抱えていたロンドンに対し、大火毎に経済圏を広げた江戸は100万人もの人口を抱える一大都市に成長する。それは、経済を成長させる方法論が、欧米人が実践してきた植民地主義・新植民地主義(グローバリズム)に依らずとも成し遂げられることを物語っている。私達日本人は、「そうしたことを嘗て証明してみせた」実績を持っている。それを「まざまざと」見る機会を得た。

それらのことが、オーストリアで発見された江戸時代を撮した270枚ほどの高精細な写真と、東京オリンピックを前に巨大なビル建設用地の発掘調査から解き明かされていた。また、第二部の「商人の話」では、「貧富の格差」を商人たちが力を合わせて解消させて行く仕組みまで作り上げていたことや、土砂の流入で機能不全を見せ始めた「堀(運河)の改修工事」もまた商人たちが取り仕切って行った様が語られている。「みんなの懐が良くならなければ、安定的な商いはできない」ことを商人たちは良く知っている。民間の知恵と経済力を活かせば、適切な打開策を必然的に生み出すことができる。そこに政治や権力が口や手を出さなければ、「物事は道理で動いていく」。それを改めて、見せつけられた思いがした。

家康は、都市計画の根本に尽きせぬ「天然資源である水」を置いた。それが、江戸経済の再生可能性を定かなものとした。江戸城を中心に螺旋状の弧を描く堀(運河)は、人口の増大と経済の成長に合わせ、その外周を伸ばして行った。物流を支える運搬手段は舟だが、全国から寄せられる物資を滞りなく、文字通り、スイスイと目的地まで運ぶことを可能とした。地下に埋設された水道網も、貧富の差は無関係にすべての人々の生活に潤いと恩恵をもたらした。こうした基本構想は、家康ならではの傑出したものだったが、それらを維持管理・運営することを商人や町民が主体となって担って行くことで、江戸の発展は揺るぎないものとなった。300年に及ぶ江戸時代、世界のどこを探してもない100万都市を築き、その100万人の創意工夫を見事に映し出すかの如く経済発展を遂げた「大江戸」。それを、私達は歴史が示す成功事例として、閉塞感に満ちた現在を変革する糧として行くべきだと思う。

(つづく)


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