FC2ブログ

Water Diary

水を通して見える世界の話を、日記に綴ります

ネット通販に思う


しかし、だからこそ、今、生産に関わることの優位性は、いつになく高まっている。経済の大原則である「需要と供給の関係」は、いつの世でも変わることはないからだ。自らが製造または生産したものを、直販する。それがネットならば適う。宣伝広告に多大な出費をせずとも、良いものを作り出せば、「欲しい」と思う人が「検索を駆使して」見つけ出してくれるからだ。今やネット広告は、大枚を投じても、効果はほとんどと言ってよいほどない。グーグルアドワーズやクリティオを見るまでもなく、「需要」のあるもの「希少価値」のあるものに人々の目が向くように仕向けられているからだ。

200年以上に渡って第三次産業側に振れ続けていた「振り子」が、第一次産業側へと戻る。これは、「必然」だ!そして、それが「振り子」であるかぎりにおいて、「振れ幅」は半端なものでは終わらない。一方に振れ続けた分だけ、今度は逆方向に振れる。そうして徐々に「均衡」は保たれるようになっていく。200年以上をかけ温暖化を続けてきた地球は、徐々にであれ二酸化炭素の排出量を減らして行かなければ、猛り狂うばかりだ。人々は、人力を主体とする第一次産業に戻る。ロボットや機械に頼ることなく、地道な「草むしり」に費やすのと同様な労力と丹精を込めて農作物を作る。それが、昔日の様に人々の頭を活性化させ、理に適った考察を養い、体力増進や健康維持にも役立つ。そして、多くの人力を要することで、多くの人々に安定的な実収入をもたらす。それが、ごく自然に、経済を「まっとうなもの」に押し戻すこととなる。

(つづく)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ネット通販に思う


だから、これからの日本を支える若い世代に、「生産に携わる」ことを提唱したい。「無から有を作り出す働き」を途絶えさせてしまえば、「将来が輝くことはない」からだ。その「当たり前の道理」に立ち返って、自分たちの『未来』を切り開く端緒に就いて欲しい。とは言え、「生産に携わる」ことは、言うほどに簡単なことではない。

『第一次産業(=農業・林業・漁業)は、すべて人々の生活を支える根本的な産業にもかかわらず、就労者は労働人口の10%にも満たず、GDPも今や数パーセントにすぎない。第二次産業(=鉱工業・製造業・建設業)の就労者を含めても、生産人口は25%にとどまっている。その分、第三次産業(=商業・金融・医療・福祉・教育・外食・情報通信・その他 第一次・第二次産業以外の産業)は全体の75%を占めている。』

この有様は、明治維新以降、海外進出を「国是としてきた」明治新政府の流れを汲む自民党の「ある派閥」が執拗に推進して来た結果だ。残念ながら、この国はその一派の「私利私欲」や「お友達だけで権力を恣にする」一握りの人間によって支配されるに至っているのに、誰も異を唱えない。だから、現政権は「嘘で固めた問答無用の体質」を丸出しにしながらも、「亡国的な経済運営」を止めようとしない。

だが、こうした歪な経済運営を放置したままで、20年後・50年後・100年後の日本はどうなってしまうのか?私達は「刹那的」な見方しかできないような教育を受けてきた。だから、「勤勉さ」が意味することを、最早理解できないようになっている。「生産」に携わることで、人間が持って生まれた能力を磨き、高めて行く。その「必然性」を、皆が忘れ去っている。

(つづく)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ネット通販に思う


お蔭で、日本の生産現場は「空洞化」して久しい。そして、「著しく低下した労働意欲」は地に落ちたままだ。それが自律的に回復することなど「ない」!単純な話だが、政治は政治家にとっては「飯のタネ」となるが、私達には「食えない代物」でしかない。だから、その政治が作り出した「不毛な経済」を、早く政治家の手から奪い返し、実体のある経済活動を復活させなければならない。具体的には、需要と供給の観点から、まず食糧生産の復興が必要不可欠になる。

その昔、日本はジパングと呼ばれた。島国の日本は、地政学的に「内需」だけで経済を成り立たせてきた。それでも、ジパングと呼ばれるような、豊かさを築き上げるに至っていた。それは、火山国であることで、豊かな土地と豊かな漁場を授かり、勤勉さを身につけ、生産に勤しむ心を日本人が育んできたからに他ならない。
その原点に帰ろう。日本はグローバル経済に身を置いたことで、「世界の工場」の役割を果たした。だが、前述したように、高度成長を果たした国が、それ以上の成長を遂げることはできない。それは、「簡単な算数的な真実」であって、日本は逆立ちしても、「世界の工場」の地位に舞い戻ることはできない!「アベノミクス」という手品を使っても、それはできない。しかしながら、安倍首相は、税金を使って日本株を買い支え、擬似的な「バブル経済」を復元させようとしている。そして、多くの壮年や若者たちが、不労所得に与ろうとして、アベノミクスに「一縷の望み」をかける。だが、その「望み」が満たされることは「決して」ない。人々が、再度「無から有を生む」生産に携わることに踏み出さないかぎり、日本が「豊かさ」を取り戻せる道理はないのだ。

(つづく)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ネット通販に思う


往時の日本は、工業製品を輸出して、農産物や海産物・食料品等を輸入しても十二分のお釣りが出た。だが、その工業製品まで輸入を始めた私達は、どうやって、食料を手に入れるつもりでいるのだろう?
そもそも、食料生産を、食べられない工業生産に切り替えることがなぜ?「(産業)革命」と呼ばれたのか?その設問が、今まさに「産業革命をやり切って、衰退局面を迎えている」私達に突きつけられている。産業構造をこれほど極端に変化させた国は、他に例を見ない。これほど食料自給率を危険水位まで低下させた国は世界広しと言えども、日本だけだ。こうした歪な政策を一貫して推し進めてきたのが、「自民党(政治)」だ。

だが、これほど「愚かな経済政策」に固執し続けても、自民党も安倍政権も「NO!」を突きつけられることがない。経済オンチの日本国民は、「これでも、まだまし」と思い込んでいる。ここに至っても、「日本は豊かな国」だと思っている。否!「そう思い込んだままでいたい」という一心で、「アベノミクス」にすがりついている。だから、アベノミクスが「税金の無駄遣い」による「自殺行為」以外の何物でもないということが、人々には「見えない!」。「生産力を回復させる」という発想と実践抜きには、この国の急速な「老齢化」と「回復不能な衰弱」を止めることはできない!
「自民党政治」は、グローバリズムの本質を理解していない。最早、日本はグローバリズムのメインプレーヤーではない。マイナスや低成長しかできない国は、グローバル経済にとって「お荷物」に等しい。それが「資本主義」を生み、今でもメインプレーヤーであり続ける国々の厳然たる価値基準であることを理解できないからこそ、自民党政治は「内需の拡大や食料自給率の確保」を疎かにしてきたのだ。

(つづく)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ネット通販に思う


そのため、日本へ流れ込んでいた「マネー」は、新たな「世界の工場」へ注ぎ込まれることとなった。その流れは「変えようがない!」成長が鈍化した国に投資をしても、「見返りは少ない」。有り余る「マネー」を自在に操れる欧米列強にとっては、その「マネー」を出し入れするだけで、「ノーリスクハイリターン」が得られる。人口が多く、経済規模は大きくない、そして、「マネー」を渇望している国なら、アジアにいくらでも転がっている。その中から、一番の有望株を選び、順次「世界の工場」という役割を担わせて行く。それがグローバル資本主義の、したたかな世界戦略であることは言うまでもない。

中国や東南アジアで工業化が進み、日本はその工業製品を輸入している。日本人ですら、それらの工業製品を買い求めるようになっているのだから、その分日本の作る工業製品は売れなくなるのは当然だ。こうした現実は、世界中の先進国でも起こっているが、日本ほど徹底して、第一次産業の就労者を切り捨て、第二次・第三次産業への転換を強力に推進させた国はない。だから、第二次・第三次産業における余剰人口はこれ以上ない程に溢れ上がっている。この余剰人員に支払う給料の原資は「一体何処にある」と言うのだ?また、景気の良い時に導入した定年制のお蔭で、まだまだ働ける人たちまで不労人口に組み込み、収入を絶ってしまっている。

そうした、ちぐはぐで一貫性のない経済失政の「つけ」を、今、政府は国民に押し付けようとしている。

(つづく)


別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
| Water Diary | NEXT